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湖映富士

昨秋のことです『富士讃美展』に出品しないかとのお誘いがありました。

私ごとき者が富士を描くとはおこがましい、その上に「富士讃美」とはあまりにも陳腐でお恥ずかしい。そう思っていたのですが、ふと、かれこれ5年もからかっている版画の表現方法を試すにはいい機会かもしれないと思い立ちました。

私のライフワークとして、木版画に本格的に取り組んで5年が過ぎました。遅々たる歩みに自分で自分に呆れています。しかし遅い歩みでもなんとか木版画が彫れて刷れるようになってきました。

まあ、現時点では何とか文章が書けるようになったというところでしょうか。しかし、未だ自分らしい文章が書けていない。いい作家は自分の文体を持っている。せめて自分も文体めいたものを持てるようになりたいとチャレンジしていますがなかなかうまくいかないでいます。

私は木版画が生む風合い、肌合いをとても好ましいと思っています。

版画の種類には、銅版画、石版画(リトグラフ)、シルクスクリーンなどのいろいろな表現方法があります。それぞれの良さがあるでしょうが私は木版画にこだわります。私の表現には木が生む温もりがどうしても必要だからです。また、版木の奥に潜む自然のリズムを何とか引き出し表現に生かしたいと考えてきました。

これまで木版画の伝統的な表現方法を自分の表現に生かそうと取り組んできました。同時にオリジナルな作品を生もうと地元の和紙(中富和紙、多色木版画には不向き)を使い試行錯誤を繰り返してきました。「なかとみ和紙の里」や「山十製紙」の協力を得て、薄い和紙を6枚重ねた「六層紙」を特別に漉いてもらいました。表面加工のドウサ引きの代わりをコンニャクのりで工夫しました。さらに六層紙を生かすために、版木の彫りの工夫、凹版用の絵具の工夫、摺り方の工夫を重ねてきました。これまで三六版(約1×2m)を30枚ほど摺ってやっと私の求めるイメージに近づいてきました。

今回出品の「湖映富士」は、そんなあがきの中で生まれた一条の光のようなものです。

版木の内に潜む自然の力を引き出し、表現の意図とマッチングさせる。私と主題と自然の摂理とが融合するような世界を夢見ています。その糸口が見つかった感じです。

テーマはごく単純なものです。何年か前、冬至の日に御坂山系の黒岳に登りました。陽光を背にした富士が湖面に映っていました。実物の富士はただの物体でしかありませんでしたが湖面に映った富士には幻と現実との融和があり、私はそこにリアリティーを感じました。後日、スケッチに行き構想を練りました。それが「湖映富士」です。

上記文章は『富士讃美展』に出品時、会場に来た友人に宛てたものです。

(2014年第59回CWAJ現代版画展出品)