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時雨

「くうそくぜしき、くうそくぜしき、くうそくぜしき」とつぶやきながら彫刻刀握った。たまに「しきそくぜくう」ともいいながら板を刻んだ。

甲府盆地から見える山並は見事だ。日本の名山をいくつも見ることができる。その中にあって甲斐駒ケ岳は男性的な雄姿を見せている。甲斐駒は登るのもいいが眺めるのもまた格別だ。

秋の終り、北杜市小泉の三分一湧水脇の道を車で走っていた。右手に甲斐駒ケ岳とそれに続く鋸ケ岳が見えた。くっきりと秋の空にそのシルエットを描いていた。私は車を止めて鉛筆でその姿を写した。

帰りの道々、スケッチした絵と先ほど見た山とを思い出しながら、山は山だけであるのではない、空があって山がある。空も空だけであるのではない、地があって天がある。天があって地がある。天地は渾然一体として存在する。そんなことを漠然と考えながら帰ってきた。

本格的に木版画をはじめた最初は、多色の木版画を目指して制作を始めた。色の構成、配色、重なりなど意識して作品作りに励んできた。何点か作っていくうちに次第に絵具としての墨の魅力惹かれてきた。古来からある墨のなんと優れていることか、そんな当たり前のようなことに気づかされてきた。墨一色で作品を作ってみたい。そう思ったとき甲斐駒と鋸の情景が浮かんできた。

制作に入ると甲斐駒ケ岳と鋸ケ岳を風景として記録するのではなく、目に見えない渾然一体とした世界が表出できないか腐心した。画面は上下を等分した。逆さに見てもどちらが山でどちらが空かわからない。しかし、それだけではどうしても物足りない。天地をつなぐものとしての細い線が自然と要求された。

だから最初付けた題名は「空即是色」だった。それではあまりにも大仰でこの絵と離れすぎているし、考えたように表現できているかも不安になって「時雨」と改題した。